字幕の著作権
お友達のあけみさんが
「昔何度も見た映画をDVDで見直すと、
字幕がガラッと変わっていてびっくりすることがある」
とおっしゃっていました。
これについて、ちょっと記しておこうと思います。
著作権が切れた古い映画は、
「パブリック・ドメイン」と言って、自由に使用することができます。
だから最近、低価格のクラシック映画DVDを
色々なところで目にしますよね。
あれは別に違法行為な訳ではなく、
著作権が切れた作品群を各社が自由に製品化しているのです。
(「ローマの休日」など53年作品について訴訟がありましたが、
これはまた複雑な問題なので別の機会に・・・)
ところが、他社のつけた字幕をそのまま使うわけにはいきません。
明確に基準を定めたソースは見つからないのですが、
一応、字幕には著作権が認められているようです。
(例えば劇場映画の字幕をDVDでも使用する場合には、
「二次使用料」なるものが発生します。)
私が今字幕を手がけている映画も、この類になります。
クラシックの名作で、他の会社からもDVDが出ているけれども、
新たに字幕をつけなおすというものです。
このときに、「著作権」の範囲が微妙になってきます。
たとえば「Thank you.」に「ありがとう」という字幕をつけたとしても、
「盗作だ」とは言われないでしょう。
しかし有名な「カサブランカ」のセリフ、
「Here's looking at you, kid」はどうでしょう?
「君の瞳に乾杯」以外は今や考えられないわけですが、
もし私がこれの翻訳を任されたとしたら、迷うと思います。
普通に翻訳したら出て来ないセリフですから。
映画ファンはもちろん、「君の瞳に乾杯」でないと許せません。
けれど・・・難しい。
結局は、クライアントと相談して決めることになると思います。
この問題について私が初めて意識したのは、
「風と共に去りぬ」のリバイバル上映を見に行った時でした。
ラストのスカーレットのセリフ。
「Tomorrow is another day.」
これは小学校の頃に見て、「明日は明日の風が吹く」という字幕が
子供心にも強烈に印象に残っていました。
しかし、このリバイバル上映の時の字幕は
「明日はまた別の日が来る」でした。
非常にがっかりしたのを覚えています。
この時の字幕は、尊敬する戸田奈津子さんでした。
戸田さんが有名なこの翻訳を知らないはずもなく、
あえて別の訳し方をしたと考えるのが自然です。
大の映画ファンでもある戸田さんがこの訳を変えたことについて、
翻訳講座の先生に質問したときの答えが、
「著作権の問題かもしれません」
とのことだったのでした。
検索してみると、他にも
「明日に希望を託して・・・」などと訳されていたこともありました。
個性を出すのは翻訳の楽しみの一つかもしれませんが、
守っていきたい「名訳」「名台詞」というのも捨てがたいです。
しかし、翻訳者の一存ではどうにもできない部分もあるようです。
「ガラッと変わっているセリフ」が
必ずしも全て翻訳者の意志とは限らない、ということを
少しでも心のかたすみに置いていただければと思いながら、
この記事を書かせていただきました。
| 固定リンク
「映像翻訳」カテゴリの記事
- リピート受注(2012.10.17)
- 字幕翻訳界の大御所3人が語る、映画と字幕(2012.02.24)
- SOHO向けの椅子(2009.12.09)
- 世界史用語集&お買い物メモ(2008.08.08)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
なるほど
そうだったのですか
最近のDVDと古いビデオの字幕の違いをみて
ガッカリしたり、違和感を覚えたりしていましたが
うっちーさんに説明をしていただいて
よくわかりました
字幕が出来るまでの手順とかも
理解できて嬉しいです
うっちーさんのお蔭で
大好きな映画が益々身近に思えます
ありがとうございました
投稿: あけみ | 2007/04/13 08:37
はじめまして。コメントお邪魔します。
PDになった映画とはいっても、
完全に自由に利用できるわけでもないですし、
翻訳家のかたはたいへんですね!
「星の王子様」にあるように
翻訳本を読み比べるという楽しみが
受け手側にはありますが・・・
投稿: ootuka | 2007/04/13 18:56
>あけみさん
裏話でちょっとでも楽しんでいただけると嬉しいです(^ー^)゙
ここに書けることには限界がありますが・・・
私も映画に対する愛情は誰にも負けないくらいありますので、
少しでも違和感のない翻訳ができればと思います。
頑張りますね。
>ootuka様
はじめまして。
ご訪問、ありがとうございます。
確かに色々な翻訳を比べるのも楽しいですよね。
翻訳する側としては、大きなプレッシャーでもありますが(^-^;)
字幕に関しては著作権の範囲が曖昧なようなので、
さじ加減が難しいなぁと感じます。
悩みながら、考えながら、より良いものを作っていきたいですね。
投稿: うっちー | 2007/04/14 01:07
へ~。本当にうっちーさんのブログは勉強になります。そして興味をそそられます!!
「Tomorrow is another day.」
>これは小学校の頃に見て、「明日は明日の風が吹
>く」という字幕が
>子供心にも強烈に印象に残っていました。
同じくです!!
が、私がこの間観たものは
「明日に希望を託して」(だったかな?)
で、すっごくがっかりしたんです。
この訳もきっと悪い訳ではないのかもしれないけど、どうも私にはしっくりこなくて。
でもそういう事情があるんですねぇ。なるほど~。
投稿: P | 2007/04/16 19:14
>P
うんうん、分かる~。
あまりにも有名なセリフだとね。困るよね。
でも翻訳の著作権ってすごく微妙だと思う。
だって、元の文章は同じなんだもの。
難しい問題だわ。
投稿: うっちー | 2007/04/17 00:51