以下、ネタバレを多分に含みますので、
これから観る方は読まないでください。
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恥ずかしながら私は、ミュンヘンオリンピック事件を知らなかった。
それを知ることができただけでも、この映画に大きな存在意義を感じる。
見終わって1週間が経つが、後からじわじわと効いてくる映画だ。
平和の祭典、オリンピックで起こった無残なテロ。
そのテロのシーンをはじめとして、
一連の殺戮シーンは今までにない残酷さ。
「プライベート・ライアン」が駄目な人なんて、絶対に無理だろう。
しかし、正視できないほどの場面だからこそ、
何も知らない私たちが、テロの恐ろしさや虚しさを実感することができる。
ホラー映画なんかより、よほど恐ろしい。
報復が報復を呼び、次第に皆が狂気に包まれていく様は、
怖く、しかし哀れで、やりきれない。
「シンドラーのリスト」がよく比較対象にあげられるけれど、
後味はだいぶ違うと思う。
この映画には、スピルバーグらしい甘く感傷的な場面がほとんどない。
(例えば、ラストでシンドラーが泣き崩れるようなシーン)
唯一、スピルバーグらしさを感じるのは、子供の撮り方かもしれない。
昔から、子供を撮るのがずば抜けて上手いと言われるスピルバーグだけれど、
この映画でもそれは健在だ。
大きなポイントは、あの少女(観た方なら分かると思う)を殺さなかったことだろう。
それこそ甘い感傷じゃないかと思う人もいるかもしれない。
でも、私はあのシーンに込められたのは「希望」だと思った。
残虐な殺戮を行う暗殺者たちの中の良心を描き出すことで、
未だ解決しない問題を抱える人間たちの中に存在する、
未来への希望を見出したのだと。
見出したというよりは、希望を込めたというべきか。
そしてまた、「パパ」の家で戯れる無邪気な子供たちも、
明るい陽の光とあいまって印象的だ。
テロ、そして報復という「死の連鎖」と並行して描かれる、
出産、子供たちという「生の連鎖」。
生と死の対比が強烈で、
殺し合いの虚しさが痛いほどに伝わってくる。
エリック・バナをはじめとする俳優陣の演技も素晴らしかった。
特に印象に残っているのは、
電話越しに、会えない自分の子供の声を聞いたときのバナの演技だ。
いろんな感情が波のように押し寄せてくる場面だった。
暗殺計画の実行場面などのスリリングな見せ方は、
まさにスピルバーグの本領発揮と言えるだろう。
つくづく、ああいう場面を撮らせたら右に出る者はいないと思う。
3時間近い上映時間も、あっという間だった。
ラスト、日本人にとっては何でもないラストかもしれない。
けれど、きっとアメリカ人にとっては鮮烈なラストなのだ。
そびえ立つ、今はなき世界貿易センタービル。
CGで再現されたのであろうその姿を見て、
果たしてアメリカの人々は何を感じるのか。
それを思うと非常に感慨深く、思い出すと胸が締めつけられる。
「報復だ、報復だ」と叫び続けるアメリカで
このような映画を作る勇気。
イスラエルやパレスチナ、関係者から非難の声が上がるのは当然で、
それらを全て覚悟して作ったであろう、この映画。
時間が経てば経つほどジワジワと迫ってくる力に、
私は圧倒されている。
原作はこちら。
↓
標的(ターゲット)は11人―モサド暗殺チームの記録
ジョージ ジョナス 新庄 哲夫

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